そこに花があったとしても見ようとしなければ見ることはできない

先日、ガードレールの下にあるアスファルトの隙間に、スミレの花が咲いました。

ここにスミレの花が咲いていることを、一体どれくらいの人が気がついているんだろう?って思ったんですよね。

わたしのほかにも、その道を通っている人はいたんですが、誰ひとり立ち止まることなく通り過ぎていきました。

まさかガードレールの下にスミレの花が咲いているなんて思わないし、そんな下まで見ながら歩いている人もいないかもしれません。

でも、遠目からでも紫色の花は見えていたし、そこだけ緑色の葉っぱが茂っているのも見えていました。

気がつく人は気がつくだろうし、まったく気がつかない人もいると思います。

むしろ、気がつかない人の方が多いんじゃないかな。

わたしは植物が好きで、いろんなところを見ながら歩いているから見つけられたのかもしれません。

でも、植物に興味がない人にとっては、たとえスミレの花が目に入っていたとしても、見えていないんだろうなと思います。

そもそも、興味がないものって見ようとしませんしね。

興味がないものって、すぐそこにあったとしても見えないんですよね。

わたしにも見えていないものはたくさんあると思います。

今、街中でも春の花を見ることができます。

スミレはなかなか見ることはできないかもしれないけれど、黄色いタンポポとか、小さな白い花を咲かせるナズナとか。

アスファルトやコンクリートの隙間から、たくましく咲いている姿を目にすることができるかもしれません。

見ようとしなけれは、そのまま素通りしてしまうかもしれないけれど、ちょっと目線を下に移して春の花を見つけてみてはいかがでしょうか。

植物の生命力ってすごいエネルギーですよ。